偏見があると
ボディワークをしていると
肩が凝るから
肩を揉めばいいとか
腰が痛いから
腰を揉めばいいとか
私たちは
知らぬ間にこうあるべき
という、偏見的な見方をしてしまいます。
昔の私もそうでした。
でも、おてあてを学んでいくと
肩が凝ったり、腰痛には
何かしらの原因があるし
ではその原因はどこからきているか?
腕なのか、下肢なのか
それともないぞうなのか、頭蓋骨なのか
痛みのある、遠く離れた部位からの
その根底にあるものは
精神的な問題なのか
トラウマなのか
はたまた
電磁波や天候などの外的要因なのか
食べものなのか
昔の痛みなのか
日々の積み重ねなのか
痛みや違和感などを伴う原因には
人それぞれ、個人個人
違うのです。
一般的にこうである
普通はこうだ
とか、そういった偏見をもってしまうと
知恵も失いますし
自分が考えることを
しなくなります。
いろいろ学んでも
偏見があると
そこから何も問題は解決しません。
人のカラダは
気候が変われば変化しますし
長期的なストレスにさらされれば
カラダも負担を受けます。
肩が凝るから
肩を揉めばいいのではないんです。
肩が凝るのは
ないぞうの問題なのか
または、別なところに問題があるのかも
しれないのです。
その答えは
皆さんそれぞれのカラダの状態に
あります。
なので
外に答えを求めても
見つかりませんし
答えは
その人自身にあるのです。
おてあての師・奈良岡先生が
いつも仰る言葉です。
正解を求めるのではなく
客観的に受けとめて
ありのままの状態を知ることが
大切なのです。
いま現在のカラダの状態や
思考を作り出しているのは
自分自身でもあります。
自分自身を知ることが
偏見した見方をすることもなく
心地よく過ごせるのではないでしょうか。
"偏見" という色眼鏡は
視野を狭くしてしまいます。
偏見は善し悪しをジャッジしているに
過ぎません。
これはおてあてに限らずに
日常生活のなかでも
ありうることです。
そうならないためにも
常に、フラットな状態で
いたいものですね。
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